FANTASTICSのパフォーマーとして活動し、22歳という若さで亡くなった中尾翔太さん。
「最後にどんな言葉を残したの?」「『僕を忘れないでください』と言っていたのは本当?」と、亡くなる前の言葉が気になっている人もいるのではないでしょうか。
中尾さんは胃がんとの闘病中も、FANTASTICSのステージへ戻ることを諦めていませんでした。本本人のブログや仲間たちが明かしたエピソードからは、病気に勝ちたいという決意や、支えてくれる人たちへの感謝が伝わってきます
この記事では、
- 中尾翔太さんの「最後の言葉」は公表されているのか
- 「僕を忘れないでください」という言葉の真相
- ブログに綴られていた復帰への思い
- FANTASTICSの仲間と再び踊ることへの願い
について、分かっている情報をもとに整理していきます。
中尾翔太の最後の言葉は何だった?
中尾翔太さんが亡くなる直前に何を語ったのか、具体的な「最後の言葉」は公表されていません。
一方、闘病中に本人が発信したブログや、交流のあった仲間たちが明かした言葉は残っています。
そこから分かるのは、中尾さんが病気と向き合いながらも、もう一度FANTASTICSのメンバーとステージに立つことを強く願っていたということです。
中尾翔太さんについて調べると、『僕を忘れないでください』という言葉を目にすることがあります。本人が最後に残した言葉だったと確認できる情報はありません。
では、亡くなる前に公表されていた言葉や、闘病中に残したメッセージを順番に見ていきます。
亡くなる直前の「最後の言葉」は公表されていない
中尾翔太さんは2017年末ごろに体調不良を感じ、精密検査を受けた結果、胃がんが見つかりました。
2018年3月には病気を公表し、治療に専念するため活動を休止しています。
突然の出来事に最初は戸惑ったことも明かしていましたが、徐々に現実を受け止め、病気と闘う決意を表明しました。
その際には「絶対に勝ちます」と伝え、復帰への強い意思を示しています。
所属事務所も医療機関と連携しながら回復を目指していましたが、中尾さんは2018年7月6日、22歳で亡くなりました。
訃報が伝えられた後には、FANTASTICSやEXILE TRIBEの仲間たちから多くの追悼コメントが寄せられています。
そこでは闘病中の様子や、中尾さんが復帰を願っていたことなどが語られました。
ただし、家族や周囲の人に対して亡くなる直前にどのような言葉を伝えたのか、具体的な内容までは明かされていません。
「僕を忘れないでください」は本人の言葉?
中尾翔太さんについて検索すると、「僕を忘れないでください」という言葉を目にすることがあります。
この言葉を見て、「亡くなる前に中尾さん自身が残した言葉なのでは?」と思った人もいるかもしれません。
しかし、本人のブログや公表されているメッセージを見る限り、中尾翔太さんが「僕を忘れないでください」と最後に語った事実は確認されていません。
中尾さんが亡くなった後、FANTASTICSやEXILE TRIBEのメンバーからは数多くの追悼メッセージが発表されました。
その中では、中尾さんの存在を忘れず、これからも仲間として一緒に夢を追い続けていくという趣旨の思いが語られています。
こうした追悼メッセージなどと混同されている可能性もありますが、なぜ「僕を忘れないでください」という言葉が中尾さんと関連して検索されるようになったのか、詳しい経緯までは分かっていません。
現時点で、「僕を忘れないでください」を中尾翔太さん本人の最後の言葉とする情報は確認されていません。
2018年4月27日のブログに残された言葉
亡くなる直前の言葉は明らかになっていないものの、中尾翔太さん本人が闘病中に発信したメッセージは残されています。
その一つが、2018年4月27日に更新された「Turn Back Time」と題したブログです。
中尾さんはこの中で、病気と向き合う自分を支えてくれている人たちへの感謝を綴っていました。
感謝の言葉が向けられていたのは、
- 家族
- FANTASTICSのメンバー
- LDHの先輩たち
- スタッフ
- 応援してくれるファン
など、多くの人たちです。
周囲からの応援やサポートがあるからこそ、「病気に勝つ」という気持ちを持ち続けられているとも明かしていました。
さらにブログの終盤では、くじけずに闘い続ける決意を示し、ファンへ「完全復活待っていてください」と伝えています。
亡くなる直前の「最後の言葉」とは異なりますが、中尾さん自身が闘病中に発信した、復帰への強い意思が伝わるメッセージです。
続いて、このブログに綴られていた内容を詳しく見ていきます。
中尾翔太がブログに綴った復帰への強い思い
2018年4月27日のブログには、中尾翔太さんが治療を続けながらも、復帰への希望を持っていたことが綴られています。
この日に取り上げていたのが、「Turn Back Time feat. FANTASTICS」という楽曲でした。
EXILE TAKAHIROさんが、病気と闘う中尾さんと夢を追うすべての人へメッセージを込めて歌詞を書き、ATSUSHIさんがその思いを広げた楽曲です。
中尾さん自身も初めて曲を聴いた際、さまざまな思いや感情が込み上げてきたと語っていました。
また、自分と同じように病気と闘っている人や、夢を追っている人にも聴いてほしいという気持ちを伝えています。
自身が治療を受ける中でも、支えてくれる人たちへの感謝を忘れず、同じように何かと向き合っている人にも目を向けていました。
2018年4月27日のブログ「Turn Back Time」
中尾翔太さんが2018年4月27日に更新したブログは、「Turn Back Time」というタイトルでした。
主な内容を整理すると、次の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 更新日 | 2018年4月27日 |
| ブログタイトル | Turn Back Time |
| 主な内容 | 楽曲への思い、周囲への感謝 |
| 闘病への姿勢 | 病気に勝つという決意 |
| 復帰への思い | 完全復活して戻ることを願っていた |
ブログでは、「Turn Back Time feat. FANTASTICS」が発表されたことに触れ、この曲を初めて聴いたときの気持ちを率直に綴っています。
中尾さんは、自分だけでなく、病気と闘っている人や夢を追っている人にとっても力をもらえる曲だと感じていました。
ジャケット写真にはFANTASTICS9人の腕が写され、グループの絆が表現されています。
中尾さん自身もブログの中でこの写真に触れており、FANTASTICS9人のつながりを大切にしていた様子がうかがえます。
「病気に勝つ」という気持ちを持ち続けていた
ブログで強く表れているのが、「病気に勝つ」という中尾翔太さんの意思です。
中尾さんは、家族やFANTASTICSのメンバー、LDHの先輩、スタッフ、ファンの支えがあったからこそ、病気と強く向き合えていると綴っていました。
一方で、周囲からのサポートがなければ、ここまで強くいられなかったかもしれないという率直な気持ちも明かしています。
それだけ厳しい闘病生活だったことが、その言葉からもうかがえます。
それでも、多くの人から応援やパワーをもらうことで、「病気に勝つ」という気持ちを持ち続けていました。
この姿勢は、2018年3月に病気を公表した際のコメントにも表れています。
突然の出来事に最初は戸惑ったものの、現実を受け止めて病気と闘うことを決め、「絶対に勝ちます」と復活を誓っていました。
病気を公表したときからブログを更新した時期まで一貫していたのは、治療を乗り越え、もう一度戻ってくるという思いです。
「完全復活待っていてください」とファンへ伝えていた
2018年4月27日のブログの終盤には、中尾翔太さんの復帰への決意がはっきりと表れています。
くじけることなく病気と闘い続ける意思を示したうえで、ファンに向けて「完全復活待っていてください」と呼びかけていました。
この言葉から分かるのは、中尾さんが治療の先に「復帰」という未来を思い描いていたことです。
病気を治すことだけではなく、再びFANTASTICSのメンバーとして活動することも目標にしていた様子がうかがえます。
仲間たちが後に明かしたエピソードにも、中尾さんが再びステージで踊ることを願っていた姿が残されていました。
本人が願っていた形での復帰は叶いませんでしたが、ブログに残された「完全復活」という言葉からは、病気と闘いながらステージへ戻ることを目指していた思いが伝わります。
そして、その復帰への願いの先には、FANTASTICSの仲間たちがいました。
中尾翔太が最後まで大切にしていた仲間との絆
中尾翔太さんの闘病中の言葉をたどると、FANTASTICSのメンバーと再び踊ることへの思いが何度も表れています。
中尾さんは2016年12月に結成されたFANTASTICSのメンバーとして活動していました。
2017年12月には八木勇征さんと中島颯太さんがボーカルとして加入し、9人体制となります。
グループとして新たな一歩を踏み出したばかりの時期に胃がんが見つかり、中尾さんは治療へ専念することになりました。
それでも、病気と向き合う中で目指していたのは、FANTASTICSのメンバーとしてもう一度ステージへ戻ることでした。
その強い意思は、中尾さんと交流していたEXILE TRIBEの仲間たちの言葉からも分かります。
FANTASTICSのメンバーと再び踊ることを願っていた
中尾翔太さんは、闘病中もFANTASTICSへの復帰を諦めていませんでした。
岩田剛典さんは、中尾さんが亡くなる約1か月前にお見舞いへ行ったときの様子を明かしています。
当時、中尾さんの体は痩せていたものの、弱音を吐くことなく、必ず復帰してみんなとステージで踊るという思いを力強く話していたそうです。
松本利夫さんにも、病気を治して再び踊れるように頑張るという内容のメッセージを送っていました。
闘病中の中尾さんが目指していた未来を整理すると、次のようになります。
- 病気に勝つ
- FANTASTICSへ復帰する
- メンバーと再び踊る
- ファンの前でパフォーマンスする
そこには、ダンサーとして活動を続けたいという思いと、FANTASTICSの一員としてステージへ戻りたいという願いが一貫して表れています。
治療を続ける中でも、中尾さんの視線はその先にあるステージへ向けられていました。
HIROが明かした闘病中の前向きなメッセージ
中尾翔太さんが亡くなった後、HIROさんは闘病中の中尾さんについて振り返っています。
FANTASTICSのメンバーとHIROさんが参加するグループLINEでも、中尾さんは最後まで明るく前向きなメッセージを送っていたといいます。
そこには、病気に勝って再びメンバーとパフォーマンスするという決意や、応援してくれる人たちへの感謝が記されていました。
厳しい治療を受けていた中尾さんが、逆に周囲を励ますような言葉を送ることもあったそうです。
HIROさんも、一つひとつの言動や文章から中尾さんの優しさを感じていたと振り返っています。
さらに、中尾さんはFANTASTICSのメンバーと一緒にライブでパフォーマンスする姿を繰り返し思い描いていたことも明かされました。
本人のブログだけではなく、仲間とのやり取りの中にも、「病気に勝って戻る」という変わらない意思が表れています。
仲間たちが受け継いだ中尾翔太の夢と想い
中尾翔太さんが亡くなった後、EXILEやFANTASTICSをはじめ、多くの仲間が追悼メッセージを発表しました。
そこに綴られていたのは、別れを惜しむ言葉だけではありません。
中尾さんが叶えたかった夢や思いを、これからも受け継いでいくという決意も語られています。
HIROさんは、中尾さんが生きた証や夢をこれからにつないでいくという思いを伝えました。
NAOTOさんも、中尾さんが叶えたかった夢や見たかった景色を、仲間として一緒に叶えていきたいという気持ちを明かしています。
AKIRAさんをはじめとするメンバーからも、中尾さんはこれからもFANTASTICS、そしてEXILE TRIBEの一員であり続けるという思いが寄せられました。
中尾翔太さんが願っていたのは、大好きな仲間とステージに立ち、ダンスをファンへ届けることでした。
本人が思い描いた形で復帰することは叶いませんでしたが、その夢や思いは残された仲間たちへと受け継がれています。
亡くなる直前の「最後の一言」は公表されていなくても、闘病中に残されたブログやメッセージをたどると、中尾さんが最後までステージへの復帰と仲間との再会を願っていたことが分かります。
まとめ
中尾翔太さんが亡くなる直前に何を語ったのか、具体的な「最後の言葉」は公表されていません。
また、「僕を忘れないでください」という言葉についても、中尾さん本人が最後に残した言葉だったと確認できる情報はありません。
一方、本人のブログや仲間たちが明かしたエピソードからは、闘病中もFANTASTICSへの復帰を強く願っていたことが分かります。
今回のポイントを整理すると、次の通りです。
- 亡くなる直前の「最後の言葉」は公表されていない
- 「僕を忘れないでください」が本人の最後の言葉という事実も確認されていない
- 2018年4月27日のブログでは、支えてくれる人たちへの感謝を綴っていた
- 闘病中も「病気に勝つ」という強い意思を持っていた
- 「完全復活待っていてください」とファンへ復帰への思いを伝えた
- FANTASTICSのメンバーと再び踊ることを願い続けていた
22歳という若さで亡くなった中尾翔太さん。
2018年4月27日のブログには、病気と向き合う中でも、支えてくれる人たちへの感謝と、もう一度ステージへ戻るという決意が綴られていました。
仲間たちが明かしたエピソードにも、FANTASTICSのメンバーと再び踊る未来を思い描いていた中尾さんの姿が残されています。
「最後の言葉」そのものは明らかになっていません。
それでも、中尾翔太さんが残したブログやメッセージには、病気に勝ちたいという決意、仲間ともう一度踊りたいという願い、応援してくれる人たちへの感謝が一貫して表れていました。

